旅立つ日 | THE ROMATIC WARRIOR ~ 名探偵のいる風景 ~

旅立つ日

御手洗が居る日常は、僕にとって極当たり前のことで

いつものように起きて、ご飯を食べて

二人でぶらぶらと出かけて

何でもないことに大騒ぎする君を見、

子供っぽい笑顔で僕をからかう君に腹を立て

疲れ果てている僕に

あれが食べたいだのこれがしたいだのと

眠たい僕のことはお構いなしで

いつもの調子で君に言われると

僕はただ頷いてしまうのだ


なんてことはない

ただ君と並んで歩いた


それだけの時間ですら

僕には懐かしいのだ


 いつもより遅めに起きて、朝ごはんの支度を始めた僕の物音を

寝ながら聞いていた御手洗は、そろそろ出来上がる時間を見計らってモソモソと動き出した。

でもまだ眠いらしく、僕が視線を投げると寝たふりをする。

テーブルに食事を並べて、起きろと声をかけたが返事がない。

見に行くとふとんをすっぽり被っている。

「こら起きろ。朝ごはんできたよ」

仕方なく布団を捲ろうとするが、はがされないようにしっかりと押さえているらしい。

「御手洗ーーーっ」

僕が力任せに捲ったら、てっきりあると思っていた御手洗の頭が無い。

気付くと布団の反対側からひょっこりと顔を出してニヤニヤしている。

どうも足で押さえてただけで、僕が布団と格闘しているのをこっそり見ていたらしい。

「そんなとこにはいないよ」

と御手洗はベッドから抜け出して顔を洗いに行った。

朝からからかわれたものの、苦笑しながら食卓についた。

 

「忘れ物は無いかい」

荷造りをする御手洗を見ながら、僕は着替えて部屋を片付けていた。

「多分」

鞄に、適当にシャツを詰め込みながら御手洗が言った。

行きがけに、最近御手洗がお気に入りの台湾産の凍頂烏龍茶を向こうで飲むのだというので、

お茶パックと烏龍茶を伊勢丹のクイーンズスクエアで買う。ここは結構変わった品物が多くて、

海外の食品もあるかと思えば、健康志向の食品もあったりして、見ていると面白い。特にお茶などは

種類も豊富なので見応えがあるのだが、結局いつもと同じものを買ってしまう。

軽く昼食をとった後、

僕らは成田EXPRESSに乗って、空港へ向かった。


僕は殆ど喋らずに、ゆらゆらと揺られながら流れる景色を見ていた。

周囲には外国人客が多く、さっきから英語が飛び交っている。

僕は、英語など殆どわからないのですでに異国へ迷い込んだかと落ち着かない気持ちだった。

御手洗はというと、ぼんやりと何かを考えている風だった。

話しかけても上の空なので、しばらく外を眺めていて、ふと横を見ると御手洗は眠りに落ちていた。


そして僕も並んで眠りに落ちた。

 

どのくらい寝たのだろう。都心の景色がいつの間にか緑色の田園風景に変わった頃

隣でごそごそと動く気配がする。どうしたのかと思いきや

どうも眠っている間に、口をあけたままだったらしくシャツに垂れたらしい。

寝ぼけなまこで起きた御手洗が、気まずそうな表情で、濡れたシャツを摘んでいたので

僕はポケットティッシュを御手洗に渡した。

その後も、僕らはただ窓の景色を眺めていた。


駅につくと、御手洗はスーツケースを受け取り、搭乗手続きのゲートへ入った。

僕は一人残されたので、反対側のゲート出口へ回って彼が出てくるのを待つことにした。

平日だというのに空港は混んでいて、意外にも子供連れの姿も多かった。

そういえば、ポケットモンスターという黄色い絵のスタンプラリーを駅でしている子供が

多いなとは思っていたが、今が夏休みだからなのかと今更ながら辿り着いた。

ここに来るといつも日本も随分国際化したのだなと思ってしまう。

それほどに外国人利用者が多いのだ。

しかも観光ではない風貌の方がとても多いので、これだけの人が日本に住んでいるのだなと思う。

今日は、彼らも自分の故郷に帰るのか日本人よりも外国人の割合が多いので、

すでに半分外国にいるような気分だ。

そんなことを思いながら待っていると、

向こうから真っ直ぐ僕の所へ御手洗が歩いて向かってくるのが見えた。


搭乗までまだ時間があったので、

出発ロビーのTully'sCafeで御手洗はアイスコーヒー、僕はビスケットとカプチーノを頼んだ。

何処も煩雑な成田空港のロビーだが、この場所はレストランと真逆に位置するため

あまり知られていないのか人気のない、穴場である。

ふと御手洗が、最近やる気が出ないから

もう帰ってこようかと思うと言い出した。

そういえば帰国前、御手洗はかなり鬱気味だったのだと思い出した。

「いいんじゃないか、君の好きにしたら」

と言ってみたものの、物事を途中で投げ出すのは良くないとは思う。それに僕は

そんな御手洗は見たくないと思った。

「石岡君が良いって言ったから、じゃあ帰ってこようかな」

と、御手洗が意地悪い笑顔で返してきた

「自分の事なんだから、後で悔やまないように自分で決めろよ」

僕は、後で何かと責任を押し付けられそうなので、慌てて付け加えた。

そうすると、不貞腐れたような顔でそっぽを向いている。

刻々と迫る出発時間を、僕は惜しみながらもそれを御手洗に悟られるのが嫌で

(すでに悟られていたとは思うが)

君が居なくても僕は全部自分で出来るさと、敢えて強気なことを言った。

しばらく戯言を言い合って、また全然関係のない話をして、そろそろ搭乗時間だという

話になった。飲み終わったトレーをカウンターに片付ける僕の後ろで

じゃあ今年の冬は帰れないなと、彼は呟いた。


搭乗時間になり、ゲートで御手洗の姿が見えなくなるまで見送り、そのまま展望台デッキへと上がる。

でも今回御手洗が乗るアメリカン航空の搭乗口が見えないのが分かったので、

中の搭乗ゲート付近の椅子に腰掛けた。そこなら正面にアメリカン航空のAAAというロゴが見える。


今は、不思議と寂しさを感じていない。


多分部屋に戻って、君と過ごした痕跡を見て

じわじわと滲み込んでくる水のように、現実を受け入れるのだろう



雲間に消える飛行機を見送ると

僕はゆっくりと、南風の吹く飛行場に背を向けて一人、歩き出したのだった。