THE ROMATIC WARRIOR ~ 名探偵のいる風景 ~
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スワロウテイル

ネット散歩していたら「執事喫茶」なるものを発見。

ほぅー

と見てみたところ、執事で諏訪野さんが居ることが判明。


もし初老のジェントルな叔父様だったら、

森博嗣ワールド開幕の予感がしたのは僕だけでしょうか(笑)


全国の萌絵お嬢様が集まる日があればいいのに。

きっと、犀川先生の話で花が咲くんだろうなぁ。

殺人事件の話がカフェ中に飛び交うんだなぁ。

ミステリファンには楽しそう(笑)


と、勝手に妄想してしまいました。


実際の方はきっと

もっとお若いでしょうし、お名前も本名かも知れません。


でももし森博嗣が好きで、だったら

犀川先生と萌絵として一緒にたずねてみたくもあります。

そうしたらなりきって面白い時間を過ごせそうですからね(笑)




長崎ノスタルジー

桜の季節になって、1年は早いものだと気付く。


以前懇意にしていた会社から離れた僕は、暫く休みたいと思っている。

ふと出来たこの時間を何に費やすかと迷ったが、結局何もせずに終わりそうな勢いであった。

そのような折、田舎の祖母の具合があまりよくないというので

急遽私が行くこととなり、着るものもとりあえず、僕は長崎行きの航空チケットを持って出かけたのだった。


長崎という場所には小学校の高学年以来、一度も行っていない。

私はどうもあの土地や空気の中に、どこか遠い暗い過去を感じてしまい苦手だった。

しかし久しぶりに行って見ると、街並みもすっかり変わっていて何だか無性に懐かしいような

それでいて寂しい気持ちに襲われた。

祖母の家の周りは、私がよく遊んだ頃は田んぼと川に囲まれた記憶しかなかったのだが、

今は随分開けて、しっかり道路も舗装されていた。近々裏の山は開発の波に煽られ、

アミューズメントパークを兼ねた住宅街へと変わるようだ。


祖母は僕が来たことを大層喜んでくれて、食べ切れないほどの料理を食べさせてくれた。

嬉しい反面、本気で死ぬかと思った。尋ねた次の日は、市内観光をタクシー貸切って回って見る。

このタクシーの運転手がガイドをしてくれたのだが、かなりの凄腕でバスガイドさんよりも詳しく

名所の話を一緒に回って教えてくれた。孔子廟と麒麟の話、大浦天主堂、グラバー邸と

たまき婦人、蝶々婦人の話。グラバー園に隠された3つのハート石の話。

僕はただ感心するばかりで、何時の間にかすっかり長崎に詳しくなったような気持ちになった。


市内観光が終わった後,長崎の中華街という場所で昼食を取った。

ちゃんぽんと皿うどんを買い、お土産を買って、バスでまた家まで帰った。


3泊4日だったのであとは家で過ごし、

横浜に帰る前に一時間ほど余裕が出来たので周辺を散策することにした。


子供の頃遊んだグランドや川、近くの図書館を見る。

親戚の家のほうの山道をぶらぶらと歩いて周った。


もっと広かった世界が、ずいぶんこじんまりしている。

一山向こうの先祖のお墓も、いまの僕にはすぐそこなのかも知れない。

お墓といえば、

まだ幼かったころに家族と墓参りに行ったとき

墓石の周りで遊んでいたら、小さなしゃれこうべがむき出しの雑草の中にあるのを見つけた事がある。

灰色のの空間に、浮き立つような真っ白い、小さいしゃれこうべが目に焼きついて

僕は電撃の恐怖を感じたのだった。

それから3日、そのことを口にも出せず、夢にうなされたりとずいぶん怖がった覚えがある。

最終的には、猫か小動物のものだろうと親たちは言っていたが、

それが僕の初めてみたしゃれこうべには違いなかった。


ただの骨だろう。と思われるだろうが

当時、夏休みで読んだ本がそういうしゃれこうべが出てくる怖い本だったのだ。

今はもう覚えていないが、確か遊び半分に墓場に行ったが原因で、しゃれこうべのために

墓場で(一生?)子守唄を歌い続けないと許さないぞというような内容だったか。

そのような内容だったと思う。


近所も、遊び場も、今ではずいぶん錆付いて見える。

昔はもっと大きなグランドだと思っていたのだが、今見ると普通の大きさだ。

確かに、幼少の記憶では蜃気楼の向こうに霞んで、グランドの端が見えないくらい広かったのだ。


ある炎天下の日、常々子供心に「端が無いわけあるか」と思っていたので

幼かった僕は、グランドを横切ることに決め歩いた事がある。

途中で振りかえり確認する。入り口のフェンスがギリギリ見える。

グランドの反対側は未だ見えない。

大体3/4ぐらいまで歩いたとき、僕はまだまだ続くグランドと

振りかえってもグランドしか見えない世界の中に居た。

急に怖くなって、僕は入り口に向かって走った。

走って走って、着いた所は何故か砂場で、入り口から30mぐらいずれていた。


その年は、それに始まり原爆資料館であったり、祖母の話であったりと

死にまつわる事柄が多くて、長崎=死の町のようなイメージが

自分に定着してしまい、寄り付かなくなった原因なのかもしれない。


町が小さくなったのか

僕が大きくなったのか


もし君がこの場に居たら、この寂しさをノスタルジーだと

笑い合うことが出来るだろう。

長崎を後にし、横浜に戻る。


帰りの飛行機の中で、君と一緒に来る事があれば今度は僕が案内しようと思った。


その一方で、

大人になった僕には

かの地は僕の居場所ではないと

感じ始めていた。









森博嗣(犀川&西之園シリーズ)を読破しました。

島田荘司氏 最新刊出ましたね。


島田 荘司
摩天楼の怪人

欲しいですが、以前より金欠になってしまったので手が出せません・・・。

発売記念のサイン会&握手会?あったらしいですね。うらやましい!

秋の夜長にミステリー。素敵・・・+


最近うちの親が家に来て、ベッドサイドに並ぶミステリ蔵書のタイトル羅列を見て

「アンタ、何でこんな怖い本ばっか見てるの?」

って、別に怖いだろうか・・・・

御手洗シリーズはカバーかかってたし、森博嗣のタイトルは抽象的だし

京極夏彦は御伽噺っぽいじゃぁないですか。

いったい何を見たのか気になるところです。


さて、このごろ森博嗣を読みました。

犀川先生と西之園くんのシリーズです。

思いっきり大まかに言ってしまうと、私的には真賀田VS犀川のハイレベルな問答が気にってるので

一番初めすべてがFになる  と一番最後有限と微小のパン が、読み応えがあったなぁと。

あまりにもFの印象が強いから、その他のシリーズ読んでても犀川の本領が発揮されてなくて

面白くないというか。

どうも私はミステリのトリックよりも登場人物たちの性格やキャラクタを深く知りたくなってしまうようで

それがよくわかる問題が定義されてる話を読むのが好きなようです。


封印再度 ・・・結構好き。壺と箱欲しい。

詩的私的ジャック ・・・彼にはまた登場して欲しいです。犀川VSで。

笑わない数学者 ・・・トリックと犯人を自分で推理してください。すぐわかると思いますよ?

冷たい密室と博士たち ・・・ミステリっぽいミステリー。

今はもうない ・・・なかなか面白かったです。すっかり騙されました(笑)

夏のレプリカ ・・・ちょっと切なかったですね 

幻惑の死と使途 ・・・彼の生き方に敬意を称して、盛大な拍手を送りたい

数奇にして模型 ・・・リアリティがあるというか、実際起きるかもみたいな怖さがあります。


とまぁ並べてみました。

他にも四季 とGシリーズだったかなΘ(シータ)は遊んでくれたよ  Φは壊れたね  τになるまで待って

も読んでみたい。


ところで、犀川は必ずコーヒーを飲む。

僕も彼の無駄の無い論理が身につかないかと思って、コーヒーを飲むようにしてみました。

そのころから胃が弱ってたので、気が付けば胃潰瘍に拍車をかけたようです(苦笑)

無理はいけませんね。

ふと、森博嗣を睡眠時間を削って読んでいたら

いつの間にか思考することを失くしていたことに気づいた。

定義し考えることは、生きる上での座標のようなもので

それを失えば僕は路頭に迷ってしまう。


考えることを辞めさせられたら死んでしまうと言っていたのは誰だったろう。

思考は唯一の自由だと。


結論を導き出すまでの過程が重要なのだ






旅立つ日

御手洗が居る日常は、僕にとって極当たり前のことで

いつものように起きて、ご飯を食べて

二人でぶらぶらと出かけて

何でもないことに大騒ぎする君を見、

子供っぽい笑顔で僕をからかう君に腹を立て

疲れ果てている僕に

あれが食べたいだのこれがしたいだのと

眠たい僕のことはお構いなしで

いつもの調子で君に言われると

僕はただ頷いてしまうのだ


なんてことはない

ただ君と並んで歩いた


それだけの時間ですら

僕には懐かしいのだ


 いつもより遅めに起きて、朝ごはんの支度を始めた僕の物音を

寝ながら聞いていた御手洗は、そろそろ出来上がる時間を見計らってモソモソと動き出した。

でもまだ眠いらしく、僕が視線を投げると寝たふりをする。

テーブルに食事を並べて、起きろと声をかけたが返事がない。

見に行くとふとんをすっぽり被っている。

「こら起きろ。朝ごはんできたよ」

仕方なく布団を捲ろうとするが、はがされないようにしっかりと押さえているらしい。

「御手洗ーーーっ」

僕が力任せに捲ったら、てっきりあると思っていた御手洗の頭が無い。

気付くと布団の反対側からひょっこりと顔を出してニヤニヤしている。

どうも足で押さえてただけで、僕が布団と格闘しているのをこっそり見ていたらしい。

「そんなとこにはいないよ」

と御手洗はベッドから抜け出して顔を洗いに行った。

朝からからかわれたものの、苦笑しながら食卓についた。

 

「忘れ物は無いかい」

荷造りをする御手洗を見ながら、僕は着替えて部屋を片付けていた。

「多分」

鞄に、適当にシャツを詰め込みながら御手洗が言った。

行きがけに、最近御手洗がお気に入りの台湾産の凍頂烏龍茶を向こうで飲むのだというので、

お茶パックと烏龍茶を伊勢丹のクイーンズスクエアで買う。ここは結構変わった品物が多くて、

海外の食品もあるかと思えば、健康志向の食品もあったりして、見ていると面白い。特にお茶などは

種類も豊富なので見応えがあるのだが、結局いつもと同じものを買ってしまう。

軽く昼食をとった後、

僕らは成田EXPRESSに乗って、空港へ向かった。


僕は殆ど喋らずに、ゆらゆらと揺られながら流れる景色を見ていた。

周囲には外国人客が多く、さっきから英語が飛び交っている。

僕は、英語など殆どわからないのですでに異国へ迷い込んだかと落ち着かない気持ちだった。

御手洗はというと、ぼんやりと何かを考えている風だった。

話しかけても上の空なので、しばらく外を眺めていて、ふと横を見ると御手洗は眠りに落ちていた。


そして僕も並んで眠りに落ちた。

 

どのくらい寝たのだろう。都心の景色がいつの間にか緑色の田園風景に変わった頃

隣でごそごそと動く気配がする。どうしたのかと思いきや

どうも眠っている間に、口をあけたままだったらしくシャツに垂れたらしい。

寝ぼけなまこで起きた御手洗が、気まずそうな表情で、濡れたシャツを摘んでいたので

僕はポケットティッシュを御手洗に渡した。

その後も、僕らはただ窓の景色を眺めていた。


駅につくと、御手洗はスーツケースを受け取り、搭乗手続きのゲートへ入った。

僕は一人残されたので、反対側のゲート出口へ回って彼が出てくるのを待つことにした。

平日だというのに空港は混んでいて、意外にも子供連れの姿も多かった。

そういえば、ポケットモンスターという黄色い絵のスタンプラリーを駅でしている子供が

多いなとは思っていたが、今が夏休みだからなのかと今更ながら辿り着いた。

ここに来るといつも日本も随分国際化したのだなと思ってしまう。

それほどに外国人利用者が多いのだ。

しかも観光ではない風貌の方がとても多いので、これだけの人が日本に住んでいるのだなと思う。

今日は、彼らも自分の故郷に帰るのか日本人よりも外国人の割合が多いので、

すでに半分外国にいるような気分だ。

そんなことを思いながら待っていると、

向こうから真っ直ぐ僕の所へ御手洗が歩いて向かってくるのが見えた。


搭乗までまだ時間があったので、

出発ロビーのTully'sCafeで御手洗はアイスコーヒー、僕はビスケットとカプチーノを頼んだ。

何処も煩雑な成田空港のロビーだが、この場所はレストランと真逆に位置するため

あまり知られていないのか人気のない、穴場である。

ふと御手洗が、最近やる気が出ないから

もう帰ってこようかと思うと言い出した。

そういえば帰国前、御手洗はかなり鬱気味だったのだと思い出した。

「いいんじゃないか、君の好きにしたら」

と言ってみたものの、物事を途中で投げ出すのは良くないとは思う。それに僕は

そんな御手洗は見たくないと思った。

「石岡君が良いって言ったから、じゃあ帰ってこようかな」

と、御手洗が意地悪い笑顔で返してきた

「自分の事なんだから、後で悔やまないように自分で決めろよ」

僕は、後で何かと責任を押し付けられそうなので、慌てて付け加えた。

そうすると、不貞腐れたような顔でそっぽを向いている。

刻々と迫る出発時間を、僕は惜しみながらもそれを御手洗に悟られるのが嫌で

(すでに悟られていたとは思うが)

君が居なくても僕は全部自分で出来るさと、敢えて強気なことを言った。

しばらく戯言を言い合って、また全然関係のない話をして、そろそろ搭乗時間だという

話になった。飲み終わったトレーをカウンターに片付ける僕の後ろで

じゃあ今年の冬は帰れないなと、彼は呟いた。


搭乗時間になり、ゲートで御手洗の姿が見えなくなるまで見送り、そのまま展望台デッキへと上がる。

でも今回御手洗が乗るアメリカン航空の搭乗口が見えないのが分かったので、

中の搭乗ゲート付近の椅子に腰掛けた。そこなら正面にアメリカン航空のAAAというロゴが見える。


今は、不思議と寂しさを感じていない。


多分部屋に戻って、君と過ごした痕跡を見て

じわじわと滲み込んでくる水のように、現実を受け入れるのだろう



雲間に消える飛行機を見送ると

僕はゆっくりと、南風の吹く飛行場に背を向けて一人、歩き出したのだった。










出発点

東京で彼を出迎えた後、僕らは横浜駅で夕食をとった。


横浜東口地下街に、飲食店が並立する場所があるのだが、そのひとつに和食を出す店がある。

その頃、小学生時代の旧友と久しぶりに会い、お勧めの店だと教えてもらったのだ。

居酒屋のようなところでもあるのだが、ランチメニューは豊富で味も良い。

とくに、土佐重というマグロの漬けがあるのだがそれが美味いのだ。

そんな話をしていたら御手洗が

「じゃあ夕飯はそこでいい」

というので、僕らはまずそこへ向かった。


さすがにランチタイムと違って、お酒が入った会社帰りの人で店は混んでいた。

あちこちで会社の憂さ話や、ほろ酔いの機嫌のいい声が飛び交っている。


僕らは小さめの二人がけのテーブルに向かい合って座った。


とりあえず、僕らは明日からの予定をどうするかと話し始めた。

「旅館は取れたんだろう?大体16時くらいに向こうへ着けばいいんだろう」

「え、そうなのか」

朝から観光するつもりでいた僕は、この発言にショックを受けた。

「せっかく行くんだから、地獄谷とか芦ノ湖とかホタルとか見たいんだけど」

「?なんだいそれ」

「なにって」

「そのなんとかダニ」

「え、知らないのか」

「知らない」

箱根といったら知らない人はいないだろうと思っていたんだが、御手洗は興味がないと

何も調べないので、妙に納得した。

「火山口だよ、硫黄とか、こうーボコボコと煮えたぎるような感じかな。僕もよくは知らないけど」

「へー」

「温泉玉子もあるよ」

「ほーぅ」


「で、明日は映画とか観たいんだ」


興味が無いことがよくわかった。


次の日、遅めに起きた僕らは馬車道にあるインターネットカフェで、映画の上映時間を調べた。

すでに一回目は始まっていたので二回目のほうを見ることにしたのだが、

このあたりだとワールドポーターズしかやっていなかったので

そのまま馬車道を歩いて行くことにした。


朝の風が気持ちよく、澄み切った青い空を見上げながら普通の話をする。

最近歩いてて見つけた小さな事とか、以前と違うものが出来たのだとか

ここからの風景が好きだとか。

御手洗は気の抜けた返事をしては眠たそうにしていたが

隣に御手洗がいるこの馬車道が懐かしくて、僕はうれしかった。


御手洗が見たいと言った映画は、

現実の世界で生きることに自信が無く、自分の世界に閉じこもり

社会や他人にかかわることを怖がっていた青年が

ある事件で助けた女性に恋をし、

その女性に振り向いてもらうために最初は色々な努力をする

いつの間にかそれが、今までの自分を変える勇気になり

きっかけになり、たくさんの人々に助けられながら

成長していく姿をコミカルに描いた映画だった


僕には、共通点の多い主人公だったので途中で

感情移入してしまうところもしばしばあり、

とても良い印象だった


箱根へ向かって、東海道線で小田原まで電車に揺られて行く。

途中、

御手洗とどの場面が心象に残ったかという話をして

僕が、

「主人公の青年が、今までの自分を変えて努力し続けたけれども

自分と彼女では住む世界が違う、自分とは釣合わないと思う気持ちを

泣きながら伝えるシーンが切なかった」

というと、御手洗は怪訝な顔をした。

「あれのどこが・・・、んーそうか?ああ」

としばらく考えていたがニヤリと笑って

「君、自分に置き換えて感情移入して観てたんだね」

あーそうかー、なるほどねー

と御手洗は僕を小馬鹿にした態度で、一人で笑っている。

じゃあ君はどうなんだと

言い当てられて悔しい僕が聞いたところ


「彼女の最後のセリフさ」


と言った。






再会

 午前中はどうしても抜けられない仕事があったので、午後に御手洗と空港で落ち合う予定だった。ところが、僕が職場を出て電車を乗り継いでいたところに電話がかかってきた。車内で慌てた僕は、思わず電源を切ってしまった。乗り換え駅のホームから急いで電話をかけ直す

「も・・・もう着いたのか?」

「ああ、思ったより順調に着いた。ところで今どの辺だい」

「え、ああ。今乗り換えの駅なんだ。あと1時間位でそっちに着くけど」

「ふーんそっか。僕は今からエクスプレスで東京に出るからそっちで落ち合おう」

「え、ちょっと待ってくれよ。ここまで来たのに・・・」

「じゃ、もう電車出るから後で」

ぽかーんと開いた口のまま、しばし呆然としていたのだが、段々と怒りが込み上げてきた。それなら最初から東京で待ち合わせにしてくれ・・・。僕は小雨降りしきる鉛色の空を憎らしげに見上げた。


 東京に着き、しばらくウロウロとしたのだが、夕方の混み合う構内では僕の居場所が無かった。しばらくは壁際で待っていたのだが、昼食を食べていないことに気付き急に腹が減ってきた。とりあえずパンを買って、東海道本線のホームのベンチで食べて待つことにした。流れる人の波を見送りながら、さっきより強くなった雨脚に明日も雨だろうかと心配になる。雨の中では出不精の御手洗が箱根観光に付き合ってくれるわけもない。何だかとんだ日を設定してしまったと少し憂鬱になってきた。

突然電話のベルが鳴った

「どこにいる?」

「やっと着いたのかい」

嫌味の一つも言いたい気分だ。

「・・に・・・だ。で、どこにいるんだい」

「?電波が悪いらしく良く聞き取れないんだけど、君は今どこにいるんだ」

お互いによく聞こえないらしい。

「僕は東海道線の7,8番ホームだよ。もしもしー」

「あ、わかった」

電話は一方的に切られた。

ホームと言っても、結構広いのだがどうするつもりだろうと思っているとまた電話が鳴った。

「前か後ろか」

「は?」

「だからー、電車の前の方か後ろなのかだけ言ってくれ」

「えーっと」

僕はきょろきょろと柱番号を探したのだが、どっちが前か良くわからない

「よくわからないんだけど・・・」

「わからない?!」

御手洗が苛々と電話口で叫んでいる。ため息混じりに

「じゃあ何か目印」

僕は近くの横文字の売店の名を上げた。


「まったく君ってヤツは」

振り向くと、懐かしい笑顔に僕はやっと再会した。

温泉へ行こう 2

 御手洗との電話を終えた後、私はもうしばらく旅館を探していたのだが、日頃の疲れと、眠気が勝り、今日は寝て明日また考えようと思いベッドに入った。

 ベッドには入ったものの、結局頭は旅行のことを考えてしまう。御手洗がそこで良いといった温泉宿は、旅館と言うよりはホテルで、温泉こそ岩風呂だが、料理はフランス料理という何だか日本の風情とはかけ離れているようなところだった。確かに安いし雰囲気は洋風で綺麗な外観なのだが。

 最初にここはどうかと聞いたときは嫌だと言ったのに、あまりにもあっさり決まってしまったので何だか気持ちが悪い。多分御手洗なりの考えがあるのだろうけど、久しぶりの旅行に対する僕の描いていた場所と現実は、何だかギャップがありすぎて迷っていた。結局その日は、なかなか寝付けず、翌日は昼頃に起きた。

しばらく布団の中でゴロゴロと往生際悪く迷った挙句、あの場所のほうが今の僕らには合っているのかもしれないと思い直し、跳ね起きてパソコンの前に座った。

 

 ところが、昨日までは問題なく開いたお目当てのサイトが開かない。


見ると、更新中という文字が画面に現れた。嫌な予感を抱きながらも、半日待っていたのだが、やっと繋がったときには、僕の思いは確信になった。

月が変わったために、一気に予約状況が変わってしまっていたのだ。私は慌てて、目当ての旅館を検索した。果たして、そこはもう満室になっていた。

しまった!という思いと同時に、僕の頭の中はパニックになった。そして一つの結論に行き着く。

「まずい・・・」

このままでは御手洗に何を言われるかわかったものではない。君はこんな事も出来なくなってしまったのかと嫌味たっぷりの週末が、刻々と迫っている。僕は心底青ざめた。こんなことなら昨日悩んだりせずにさっさと予約してしまえばよかったのだ!

その瞬間僕の脳はいつも以上の速さで回転を始め、キーボードを叩き始めた。もう必死である。とりあえずサイト内を探したがどこも満室であった。箱根を諦めればまだあるが、それでは御手洗に言い訳が出来ない。とにかく今までとは違う探し方をしなければと思い、地図や駅から箱根周辺の宿として何とか二件を探し出した。

そして僕はその旅館のHPアドレスをメールに載せ、御手洗へ送信した。

『旅館満室になってたため、代わりに他の旅館を探したので、見てみてくれ。空き室があるか今日確認してみる』


 しかし御手洗からの返事はなく、丸一日待ったあと、僕は覚悟を決めて探し出したの旅館の一方に電話してみた。すんなり予約は取れて、ぼくは安堵感と、御手洗の返事がまだ無いことに不安を覚えながらも、予約が取れたことを御手洗にメールで送っておいた。

翌日、やっと待ちに待った御手洗からの連絡が来た。

「予約できたかい」

と、話しが噛み合っていない。

もしやと思ったがいちお聞いてみた。

「え、送っただろうメールで」

「見てない」

空いた口がふさがらないとは、正にこのことだろう。この三日間、僕が必死で走り回ったというのに。

「・・・・・・君って奴は」

多少恨めしげに言ったのを少しは気にしたのか

「仕方ないじゃないか!忙しくて今やっとパソコン開いたんだもの」

と御手洗は言い訳をして不貞腐れた。

これ以上からかうと、僕のミスを追及される危険があるので、言うのは辞めて話題を変えてみた。

「箱根じゃなくて、熱海とかでも良いかなとは思ったんだ」

「でもあの辺は車が無いと不便だろう」

「御手洗が運転すればいいんじゃないか」

「・・・そういや石岡君は乗ってるのかい」

「まさか」

去年、何とか普通自動車の免許なるものをとってはみたものの、どうも車自体が怖くて乗りたくないのだ。

車に乗っても基本的に、何か起きたときは必ずパニックになる。未だにアクセルとブレーキを踏み間違える。車に乗って何事かを起こし、世間にこれ以上恥を晒すのも恐ろしいので僕は乗らないことにした。

「あーあー石岡君が車運転できたらなー」

「悪いけど遠慮しておく」

石岡君が運転するなら熱海でも良いんだけどなと御手洗は嫌味たっぷりに言っている。

しばらく押し問答をして笑い合ったあと、やはり不安になって聞いてみた。

「で、ここでいいかな。やっぱり他のところがいいかな」

そんな僕を横目で見ながら御手洗はめんどくさそうに、ソファの上で寝そべって言った。

「もう予約したんだろう?ならいいんじゃない」


こうして僕の温泉宿探しは終わった。



温泉に行こう

 温泉旅行になど家族とですら数えるほどしか行ったことのない僕は、当初すぐ見つかるものだと思い込んでいた。しかし、調べてみるといろんなタイプがあるものでどこから手をつければいいかまったくわからない。そもそも御手洗の言う日本風の温泉宿というのが大まか過ぎるのだ。僕の気に入ったところなら何処でも良いと思ってくれるなら非常に有難いのだが、下手な宿を取ろうものなら、散々嫌味を言われて楽しい旅行も楽しくなくなってしまうだろう。僕は今更ではあるが、事の重大さに気付いたのだった。

 しかし、だからといって悩んでいても仕方が無いのだ。御手洗が帰ってくる期日も近い。僕は早速、不慣れなインターネットを駆使して温泉探しを始めた。

 最初に思い当たったのは「ロシア幽霊軍艦事件」でお世話になった、箱根の富士屋ホテルだ。富士屋なら登録有形文化財に指定されているだけに昭和初期の趣や、老舗ならではの風情もある。今ならホタルが庭園を飛ぶ様も見られるというのだから、僕の中ではここが一番の候補になった。

書店を渡り歩き、温泉ガイドなるものを捲りながら考えた結果、伊豆・箱根あたりが妥当だろうと思う。他にもいくつかの候補を出して、御手洗に聞いてみることにした。


 案の定、というか御手洗は僕の思っていたものと違うことを考えていた。まず一番に出たのが手頃な宿ということ。富士屋は好きだが、その点は該当しないのでまた今度ということになった。次が駅から近いこと。僕が「秘湯!湯けむりの閑静な宿」みたいなのを見せると

「石岡君が温泉好きなのはわかった。自然の中、混浴で女性と仲良くなりたいのもわかった。ただねぇ東京から2時間。乗り継いで1時間。最寄り駅からタクシーで50分というのはありえないだろう」

雰囲気の良い温泉だと思っただけだったのだが、タクシーで50分は確かにかなりの山奥だ。と、それよりも混浴であることは今聞いて初めて知ったぐらいだ。

「ちょっとまってくれ御手洗、僕はそんなこと考えて・・・」

「はいはい」

「御手洗ーーー」

その後の言い分から、彼は駅から10分圏内じゃなくては嫌なようだというのがわかった。そして最後に、御手洗が譲れないとしたのが、朝夕の食事付きであることだった。

「素泊まりだと良い温泉宿が格安で泊れるんだけど」

と、それとなく聞いてみたのだが良い返事をしない。しつこく聞いたら食事処が周囲にないかもしれないじゃないかと言っていた。箱根あたりならそんなわけないだろうと思ったのだがそれは言わないでおいた。

 僕が選んだものはここがダメだとか、ここが嫌だという理由で全滅した。人が仕事の合間を縫って探したものを一言で片付けてしまう。結局決まらず、君が決めてくれと騒いだら最初のでいいんじゃないかと言い出した。

「最初のって・・・富士屋のこと?」

「違う違う、なんだっけアレ。石岡君が高い高いと言うから安いところ」

「うー、これのことかな?」

「それだ。そこでいいよ」

急に言われても、今度は僕の気持ちが付いていかない。

「え、あの旅館でいいのか?」

「いいよ。だからこの話はこれで終わり!」

電話口の向こうで、御手洗がウンザリした顔をしたあと、両手を広げてぼくに背を向ける姿が見えた。もしここに居たら、次は「喉が渇いたな。君もそう思わないか石岡君」と言うのだろう。

何となく僕はすっきりしない気持ちだったので、もう少し考えさせてくれとだけ言った。


著者: 島田 荘司
タイトル: ロシア幽霊軍艦事件

何処か遠くへ

 最近、御手洗は行き詰っているらしく多少鬱気味らしい。

「調子はどう?」

と投げたら

「最高にハイな気分だよ」

と捻くれて返してきた。

心配していいものか、こんなときの御手洗にどう慰める、というのも変だが

声をかければいいか悩んでしまう。お互いに落ち込んで暗い部屋で鬱々としている状態というのも

あまり考えたくは無い。

 御手洗は今アメリカの大学院で勉強している。普段はお互いのことなど考えもせず目の前のことに

多忙の日々を過ごしている。はっきり言ってしまえば忘却の彼方にあるといっても過言ではないだろう。

でもふと壁にぶち当たったり、どうにもできない場面に出くわしたりすると、彼ならどう行動するかを

まず考えてしまう。実際は御手洗は考える間もなく行動している、つまり彼には結果というものが目の前に見えているのだ。(目の前にぶら下っている真実が僕には見えてないのだと、たしか前に言われたような・・・)

私は同じものを見ても彼の倍以上の時間がかかってしまうのだから、羨ましい。

いつもなら、嫌味たっぷりな皮肉を吹っ掛けてくるのだがそういう気分ではないらしい。

とりあえず自室に篭ってばかりいるようなことを言ってた。

「どこか東北の方に行きたいなぁ」

ふいに御手洗がつぶやいた。

「東北?どこへ?温泉か?」

あまりにも急だったので意図がわからない。

「別に何処か行きたい場所があるわけじゃないんだ」

「へぇ。そうなんだ」

「僕も石岡君も行ったことが無いようなところがいいなぁ」

「うーん。じゃあ青森とかかい?僕は北海道と仙台は行ったことがあるよ」

御手洗は黙ってしばらく考えているようだった。

「でも突然だね。何でまた急にそんなこと言いだしたんだい」

僕は話の展開に付いて行けずに聞いた。

御手洗曰く、何となく日本の東北の人里離れた静かなところで何も考えずに過ごしたくなったようだ。

「石岡君とただのんびり過ごしたいだけさ」

そんなことを言われては僕としてはどう答えれば良いかわからない。でも久しぶりの旅行に御手洗と行けるのならそれは嬉しいことだった。

「じゃあ温泉があって、日本の風情を感じられるようなところだね。どこがいいかな」

と僕が考え始めたら、彼は、あとは宜しくといって電話を切った。


こうして僕らは温泉計画を立て始めたのだった。


横浜散策

 四月は殆どを鬱々とした日々で過ごした。一人で部屋の中に篭っていたい気分なのだが周囲が許してくれるはずもなく、仕事を何とかこなすものの英会話教室への足は遠のきつつあった。そんなところにこの連休は有難かったし、事実連休が近づくにつれ私の気分もいくらかマシになったのだった。

 家でゆっくりレコードでも聴いていたいという思いの反面、ここで家に居るとまたもとの自分に陥っていくことも解っていたので、私は一人横浜をぶらぶらしに行くことにしたのだった。


 爽やかな初夏の風が吹く晴れた日、関内から馬車道を歩いて行く。まだ昼時には早いのでポニーはやっていなかった。歩いていると某レストランで日本人のJAZZライブがあるという広告が目に入る。たまにはいいかもなと思いつつ、そのままレンガ敷きを進んでいった。

 久しぶりに明るい光の下で見る馬車道は、見るものすべてが新鮮に感じられて美しかった。隣を歩き、共に語り合える存在がないことが少し残念であったが、何かが起こりそうな期待がその気持ちを和らげた。

馬車道を抜けると万国橋に着く。正面にワールドポーターズ、左手には桜木町のビルや観覧車などが見える。万国橋を運河沿いに下りると河川に沿ってベンチなどが並ぶ。そこから桜木町方面を振り返ると緑の蔦が絡む万国橋の上にランドマークタワーが見えて、なかなかの景色だ。


 そのまま進むと今度は赤レンガ倉庫の前の交差点に出る。そこから汽車道を抜けて臨港線プロムナードを海を眺めながら歩いていく。潮風に当たりながら、今はもう使われなくなり錆びた船が、何艘も波にゆらゆらと揺れながら遠い水平線に思いを馳せる。そして私は山下公園へと入っていった。

 汽笛の音が響くこの時期の山下公園は、花壇に咲き乱れる花々で彩られた極彩色の緑豊かな公園に様変わりしていた。土曜の昼時だったがさほど混んではおらず、私はだらだらと歩いては青い海の波間に揺れる藻を見ていた。遥か沖には白い船が太陽を浴びて輝いている。

 同居人が奇声を上げて喜びそうな犬が歩いているが、今日は比較的犬たちも少ないようだ。賑やかな公園を後にし、水のステージの横の階段を上りながらこのステージで月明かりの下レオナがサロメのワンシーンを演じたらさぞや美しいだろうなと思ったが、今思うと10000歩譲っても神奈川県民ホール止まりだろう。蝶の舞う中をなおも進み、円形のアーチをくぐるとフランス橋だ。人形の家は今改装中らしく、靴屋のおじいさんのからくり時計も時を止めたままである。まるで私のようだ。

 フランス山は少し小高い山になっていて、緑も多く静かなところだ。昔フランス軍が横浜居留の本国の人たちを守るため駐屯したことからフランス山と呼ばれるようになったのだそうだ。その後フランス領事館が出来たが、関東大震災によって倒壊してしまった。私はこのフランス山が好きで、フランス領事館跡は特にお気に入りである。今は骨組みと僅かに残る壁だけしかないのだが、この壁にもたれ掛かって上を見上げると、ぽっかりと空いた四角い枠の中に、真っ青な空がなんとも言えず美しいのだ。隅に立つ風車が風でゆっくりと回る音や、二階へと続くはずだった階段の上から跡地の全体を眺めながらこの建物の昔の姿を想像するだけで時間が経ってしまう。

しかし、終日人目を引くわけにもいかないのでしぶしぶ展望台に続く道へと向かった。

 展望台からはベイブリッジがほぼ正面に見える。左手にはマリンタワーやランドマークタワーも見える。今はラベンダーが最盛期で、あと一ヶ月もすれば今度は薔薇が咲き乱れるのだろう。犬を連れて散歩をしている人が多い中で、この展望台には猫が住んでいる。皆に可愛がられているのであろう、どいつも人懐っこい。

ふと寝ているミケ猫がいたので、昼寝を邪魔しないように横に静かに座り撫でてみた。すると「にゃぁ」と甲高い声で鳴き、なんと私の膝の上に乗って頭をこすり付けたあと丸くなって寝てしまったのだ。

どうしたものかとあたふたしたものの猫はお構いなしに寝ているので、諦めて起こさないようにしばらく撫でていた。しかし、このままずっとこの猫と日向ぼっこしているわけにもいかないのだがと思っていたところへ

「ミーちゃん、あら良かったわねぇ。この子ミーちゃんって私は呼んでいるのよぉ」

と一人のおばさんが現れた。この人は仕事でここを何回か通るうちにこの猫に会っているのだそうだ。私は内心このおばさんが変わりにミーちゃんを膝に乗っけてくれないかと思ったのだが、なかなかうまくはいかない。

「ここの猫は皆、人懐っこいですね」

私がそう話しかけると、彼女は語りだした。

「ミーちゃんはねぇ、もとは飼い猫だったらしいのよ。若い女性だったみたいでねぇ。若い女性の膝の上が大好きなのよ。男の人はキライみたいなのよ」

そういって笑った。私も笑うしかない。

彼女が去った後、私は猫を撫でながら考えていた。横浜で一人暮らしの女性が猫を捨てる理由は何であろう。遠くへの引越しで連れていけなくてだろうか。その割には随分懐いてたみたいだし、やむを得ない理由としては若い身で亡くなったとか。猫が「にゃぁぁ」と鳴いては必死に頭を擦り付けてくる。私の手や肌に温もりを求めているかのように、じっと見つめては擦り付けてぴったりと身体を寄せてくる。私は胸が苦しくなって、もし私がこの猫の飼い主であればどんなに良いだろうと思った。この猫は人の温もりを求めながら、ただ一人の人を探しているのだと直感した。「さぁ僕らの家に帰ろう」という言葉が言えたらどんなに良いだろう。僕は切なくなった。

 しかし、そんな私の気持ちを知ってか知らずしてか猫はついと膝から飛び降り、振り返りもせずに行ってしまった。

 

 私は猫にまで置いてけぼりにされたのか、と笑ってしまった。


 それから気を取り直して、まだ青い薔薇園を進み薔薇味のソフトクリームを食べて休憩した後、外人墓地の横を下り元町から中華街を抜け馬車道十番館へ向かった。

 外人墓地の近くに「ブリキのおもちゃ博物館」というのがあるのだが、そこに犬が3匹いる。そのうち2匹はオールドイングリッシュシープドッグで、御手洗潔が子供の頃飼っていたというダグと同種類で、あとの1匹はハイディ&ヨーデフのようなゴールデンレトリーバだ。ここの犬たちはお店の看板犬としてTシャツにまでなってしまっているのだから私なんかよりよっぽど活躍していると思う。(というか世間一般的な犬はどれも私より活躍しているであろう)

今日は行けなかったが、また御手洗と来たときにでも会っていこうかと思う。


 馬車道十番館で紅茶と軽くサンドウィッチを食べ、ユニオンというレコード店を覗いてみた。何気なく見ていたLP棚で、チックコリアの「浪漫の騎士」を見つけたので懐かしさのあまりについ買ってしまった。そして、

家に帰ったら早速プレイヤーにかけて聴こうと私は足早に馬車道を歩いていった。


横浜には良い思いでもあるし、悲しい思い出もある。夜の山下公園で潮風に当たりながら悲しみに打ちひしがれた時もあった。その度にもう二度と見たくない景色や、思い出したくも無いと思うこともあったのだ。でも今は御手洗と過ごした新しい記憶があるから、今はまたこの街を彼と歩きたいと思う。

私はかけがえのない人とたくさん関わってきたはずなのに、すべてを思い出として記憶の片隅に片付けて、忘れてしまう自分が酷く薄情に思えた。


「時間は無情だ」

吐き捨てるように僕はつぶやいた。

御手洗だっていつかは僕のことを忘れてしまうだろうと言おうとした、が言葉が続かなかった。言葉にしたら本当になってしまいそうで、僕は自分の言葉を飲み込んだ。


「人はね忘れることが出来るから生きていける」


御手洗が言った。

「そして楽しいことは決して忘れないのさ」


そして僕を見て、非常に困ったという顔をするといつもの捻くれた調子でこう言った。

「石岡君はいつも僕を奇人変人だとか、こんな同居人と一緒にしないでくれとか散々言ってるからね。きっと、ボケ始めたら一番に僕のことを忘れてしまって、あれ?君誰だい?とか言って来るんじゃないかと大変心配だ」

御手洗はそれから、彼の部屋の大事な資料も邪魔だとか言って要らないとちり紙交換にでも出されやしないかと心配だー、心配だーと騒いでいる。

「ちょっと待て。僕は未だボケるような歳じゃないし」

失礼な話だ。

「というより、君の方が何かに夢中になるとそれ以外のこと何も覚えてないじゃないか」

御手洗はちょっと肩を竦めたような格好をして、さぁそうだっけという顔をしている。

「ところで、もしよければ僕がこの世のものとは思えないような不思議な味の飲物を発明する前に、君がいつもの美味しい紅茶を入れてくれるのなら、この辺の食器があれこれ流しいっぱいにならなくて済むと思うんだけど、君はどう思う石岡君」

「お茶が飲みたいなら素直にそう言ったらどうだい御手洗」

僕は毎度の事ながら呆れて言った。すると

「それじゃつまらないじゃないか」

そういって意地悪く笑った。


「ホントに素直じゃないな」

そういって僕は笑いながら台所へ紅茶を入れに向かった。